ミャンマー日本商工会議所

第25代 会頭 吉永 広倫

2020年度 ミャンマー日本商工会議所

会頭挨拶

皆さま、はじめまして。

ミャンマー日本商工会議所(JCCM)の第 25 代会頭に任じられました、三 井物産の吉永広倫と申します。本年 4 月に着任予定だったのですが、複数 の予防接種を受けている間にミャンマーが国を閉ざしてしまい、以来 5 か 月もの間、東京からヤンゴンへのリモート・オンライン勤務を余儀なくさ れてきました。9 月 3 日の救援便でようやくミャンマーの地に降り立つこ とができましたが、待たされた分だけ感慨もひとしおです。皆さまのご尽 力とご配慮に、改めて感謝申し上げます。

着任早々のヤンゴンでも、2 週間の隔離生活からそのまま在宅勤務を強い られていますが、事務局長のクンさんにお願いして資料をいくつか送って もらい、目を通してみました。ご存じの通り、JCCM は 1996 年 11 月に発 足しています。1996 年というと、軍事政権真っただ中ではあるものの、市 場開放への動き、大規模海上ガス田の生産開始、あるいはアウンサンスー チーさんの 6 年にも及ぶ最初の自宅軟禁からの解放、そういった明るい兆 しに支えられた「第 1 次ミャンマーブーム」の時代ですが、軍事政権の描 く「国のかたち」が明確ではなく、ビジネスを遂行するにあたって大いに 不安があったことと思われます。初代・長井会頭の寄稿文には、「ビジネ スを期待してミャンマーに進出してきた企業同士で政治・経済情報を共有 すると共に、市場経済に移行したとはいえ、軍人が首相・大臣等の要職を 占めるミャンマー政府と許認可交渉を行うためには、進出企業がまとまる 必要がある、との思いから設立した」と書かれています。

発足当時 61 社でスタートした JCCM ですが、2012 年の「第 2 次ミャンマ ーブーム」以降会員が増え続け、先月末現在 416 社になっています。ミャ ンマーの市場開放・経済成長を実感する数字ですし、日本とミャンマーの ビジネスを通じた友好関係が強化されつつあることの証だと思います。 設立から 24 年間、毎年ひとりづつ 24 名の会頭がそのたすきを受け渡して きたのですが、今年度は三井物産の事情とコロナの影響により 1 年間にふ たりの会頭が就くことになりました。執行部、理事、参与、事務局、そし て会員の皆さまには、ご迷惑をお掛けすることとなりますが、ご容赦いた だきたく存じます。

先日、JCCM 関連の資料を読みながら、ニュースを中心にお堅い番組しか 流さない Myanmar International TV(MITV)をつけていたのですが、突 然日本のアイドルグループ「乃木坂 46」が映りました。何事か!なんのニ ュースだ!と慌てて音量を上げてみたのですが、どうも中核メンバーのひ とりである斎藤飛鳥さんのおかあさまがミャンマー人のようですね。その 番組は「Myanmar Japan Friendship」という特集で、乃木坂 46 を通した友 好関係に続いて、ミャンマーにおける日本の自動車産業、ティラワ工業団 地、都市開発、日本酒つくりの紹介があり、その後アウンサンスーチーさ んの留学先である京都大学、最後にアウンサン将軍と「ビルマ独立義勇 軍」の指導者であった日本軍の鈴木大佐について触れていました。

ミャンマー人が、「Myanmar Japan Friendship」というタイトルで 30 分の テレビ番組を作るとこうなるのか、と思いながら観ていたのですが、おそ らく日本人が作っても同じような内容になるのではないでしょうか。お互 いのことを同じようにみることができるというのはとても幸せなことです し、それが現在の両国間の友好の礎となっているように思います。過去か ら多くの日本人がミャンマーとの友好関係構築に力を尽くしてきました し、今は私たちがその一端を担っているのだとの思いを強く持ちました。

JCCM は、ビジネスを通して「Myanmar Japan Friendship」を追い求める仲 間の集まりです。まとまることで大きな力になっていきます。会頭といっ ても、私はミャンマーのことを未だほとんど知らず、ミャンマーの先輩で ある皆さまのお知恵とご協力に頼ることばかりだと思います。そして、足 許ではこのコロナの状況です。今年 1 月、横浜で Diamond Princess 号の騒 ぎが起きていた頃、まさか 9 か月後の世の中がこんなことになろうとは思 ってもいませんでした。現在ミャンマーは猛烈な第 2 波に襲われています が、まずはこのコロナという困難な環境を一致団結して乗り越えていきま しょう。

会頭としての任期は来年 3 月末までの半年間となりますが、これからのお つきあいを、どうぞよろしくお願い申し上げます。

2020年10月1日
吉永  広倫